MUSIC: カート・コバーンに会った話 その2

このその1からのつづき。

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 最初にシアトルのシーフードレストランの入り口に立っていたカートをみたとき、彼はカモ狩りの帽子に耳あてをし、つぎはぎのデニムに、黒のハイトップの上からフランネルのパジャマを着ていた。髪はべっとりとしていて、コーンフラワーブルーの瞳にかかっていた。

カートはシーフードレストランも「ヤッピー過ぎる」ということで、わたしたちはダウンタウンのDog Houseへと向かった。ホットドッグをほおばりながら、彼はロックスターのステレオタイプを打ち破る十分なことをやれていない、と語った。「みんな、おれのことを誇大妄想だと思っている」とカートは言った。じっさい、彼はそういう傾向があった。レコードレーベルからはひどい扱いをうけ、メディアからは不当ないわれを押し付けられていると感じていた。「レポーターたちは、おれに悪意をもって接してくる」とカートは言っていた。

彼のもつ才能のすさまじさを考えると、こんなにも護られていない環境で気が立っているということに驚きだった。わたしたちはひとしきり話をし、食事を終えると、カートはフォークとナイフで紙ナプキンをびりびりにして、過去について不満をもらした。

 

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Photo credit: ipanx.sadewa via VisualHunt.com / CC BY-ND

 

真夜中ごろ、ワシントン湖から1ブロック離れたところにある、カートとコートニー・ラブの大邸宅に場所を移した。コートニーはフェニックス・フェスティバルのために11ヶ月になる娘のフランシス・ビーンとともにイギリスを訪れていた。

部屋はものが多くなく、赤いヴェルベットのソファー、カートとコートニーが収集したヴィンテージ人形、積み上げられたビニールレコードの山で占められていた。そして部屋は異様なにおいを放っていた。わたしは悲しげな顔をした人形を、いいわね、と言った。その人形は、石膏の顔で、お手製のドレスを着ていた。カートは「彼女」のために自分でつくったのだと言った。人形制作のための雑誌もみせてくれた。

Smells Like Teen Spirit」のMTVミュージックビデオ・アワードはバスルームに飾られており、フランシスの子供部屋には床も壁もマットレスが敷き詰められていた。「これすごいだろ?」とカートは言った。それはまるで少し大人になった子供が弟のためにつくった空間のようだった。保育園というよりは、まくらで出来た要塞のようだった。

 

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Photo credit: barnigomez via VisualHunt / CC BY

われわれはソファーに落ち着くと、コーヒーテーブルの上にペニーキャンディーが巨大な柱になって置いてあった。「この全部にシロップを注いでやるつもりさ」と、悪魔の子供のような微笑みでカートは説明した。彼が砂糖を欲していたという事実が、ヘロイン中毒のうわさを思い出させた。カートはとても痩せていて、フランネルのパジャマの袖口は血の雫のしみがあった。

カートは彼のみる悪夢について話してくれた。「おれはいつもフランシスを片方の腕に抱えている。そしてもう片方の腕で、ゾンビと戦っているんだ」。ゾンビたちはカートをひどく動揺させているようだった。「つかれきって目を覚ますなんてことはまっぴらゴメンなんだよ」。

 

人形、悪夢、キャンディ、枕の要塞。わたしは本当に、自分が音楽界の頂点に君臨する人物と会話しているのか疑わしくなってしまった。カートは全く自信がなく、ロックの世界の景色を永遠に変えてしまった人物に期待するような魅力もなかった。

カートに喜びを与える唯一のものは娘のフランシスだった。「おれは結婚して、子供をもててよかったと思っているよ。そうでなければ、以前のようにうつうつしたことを書きなぐっていただろうからね」とカートは言った。

 

それでもカートは自分に父親としての能力があるのか心配していた。フランシスは手に負えない子供になるかもしれない。ときどき、彼はアドバイスが必要だと感じるようだった。「母親に教えて欲しいよ。どうだいってさ」。

 

カート・コバーンに会った話 その3につづく。